木のすごさを再発見〜樹木の防火機能〜
豊かな森林資源に恵まれている日本では、古くから住居や生活道具、工芸品などあらゆるものに木を活用し、独自の「木の文化」を育んできました。縄文時代にはすでに樹種によって用途の使い分けをしていたのだとか。現代では、木の香りや感触から得られるリラックス効果を期待する人も少なくありません。
今回は、そんな身近な存在である樹木について、「防火機能」というちょっと意外な一面についてお話します。
木は燃えやすい……って本当?
空気が乾燥する時期は、火災が発生しやすくなり、ニュースなどで目にすることも多くなります。鎮火後のいたましい木造住宅の姿が映し出されることもあるためか、「木は燃えやすい」という印象を持つ人も多いかもしれません。しかし、それは本当なのでしょうか? ここでは、まず「木の燃えやすさ」について見ていきましょう。
太い角材は火に強い
乾燥した落ち葉や小枝、松ぼっくりなどは火を点けるとすぐに燃えますが、一方で、生木(伐採後の乾燥させていない木材)や太い角材は、なかなか火が点きません。なんとか火が点いても、表面が焦げて燃え広がっていく場合がほとんどです。燃えた部分はやがて炭となり、炭化層を形成。炭化層は空気をブロックしますから、燃焼に必要な酸素が木の内部に供給されず、それ以上は燃えにくくなります。木の表面が燃えても中心部まではすぐに燃えないため、木造住宅が火に強いといわれる所以でもあります。火災という万一の事態が起きても、構造強度そのものはほとんど変わらないことがわかっているそうです。
ちなみに、鉄骨造の建物は火災に強いというイメージがありますが、たしかに鉄骨自体は燃えないものの、高熱にさらされることで強度が急激に低下し、建物が一気に崩れ落ちる危険性があるといわれています。
生垣が作られてきた理由
前項では、木材が燃えにくいことや、木造住宅が実は火災に強いというお話をしましたが、ここでは視点を家から庭に移してみましょう。注目したいのは「生垣」です。いまは、スタイリッシュなオープン外構のお宅も多く、新興住宅地などで生垣を見る機会は少ないかもしれません。生垣は「隣家や道路からの目隠し」や「景観の美しさ」だけでなく、「防火」という観点からも優れています。樹木は葉や幹、根にも水分を含んでいるため、火災が発生しても近隣への延焼を防ぐ効果が期待できるからです。
火災を再現した実験では、生垣がない場合は15分で隣の建物に燃え広がり、対して生垣がある場合は30分経っても延焼せずにそのまま鎮火したというデータがあるのだとか。また、地震が起きた際にはブロック塀のように倒壊する危険性がないため、二次災害として懸念される火災時の消火活動や救出、避難がスムーズに行えることなども、生垣の大きなメリットです。
樹木の驚くべき防火機能
ここからは、もう少し対象範囲を広げて街の中の樹木という視点で見ていきましょう。
関東大震災で多くの人の命を救った樹木
高いビルが立ち並ぶオフィス街であっても、通りには街路樹が植えられていたり、少し歩けば緑に囲まれた公園があったりと、木は日々の暮らしの中に溶け込んでいます。春は桜、夏の紫陽花、秋にはイチョウ、冬はツバキなど、その季節ならではの木々の装いを楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。街の中の木々は、私たちの目を楽しませてくれるだけでなく、安らぎをも与えてくれる存在です。さらに、「火災から街を守る」という重要な役割を担っていることも少なくありません。樹木の「防火機能」に着目し、積極的に街の緑化に取り組む自治体も各地で見られます。
現代の都市計画において「樹木の力を借りて火災から街を守る」という考え方が重視されるのは、関東大震災がひとつの教訓になっているからです。10万人を超える死者・行方不明者を出した日本史上最悪の自然災害とされる関東大震災。発生時刻がお昼時で、調理中の火の使用と重なったために次々と火災が起こり、被害が拡大していったといわれています。火災による犠牲者は9万人以上とも。想像することさえ難しい惨状の中、火の手から逃れられた人々がいるのもまた事実です。その後の調査で、延焼を食い止めた公園や寺社にはイチョウなど防火力の高い樹木が植えられていたことがわかり、そこへ避難していた人の多くが救われたことが明らかになりました。火災時には人の生死にも関わる樹木。具体的にどのような防火効果があるのかを紹介しましょう。
- 枝葉の含有水分による昇温阻止効果
生葉は重量の50〜80%が水分といわれています。その水分が水蒸気として放出され、温度上昇を妨げるのです。 - 輻射熱や煙の遮断・拡散効果
樹木が衝立(ついたて)となり、背後に輻射熱を伝えない効果とともに、適度に密生した樹木は熱気流や煙を拡散させる効果があります。 - 火の粉の捕捉と消火
火の粉が風に飛ばされると、新たな火災が発生する危険性が高まりますが、枝葉が火の粉を捉え消火します。
防火力の高い樹種、低い樹種
一口に樹木といっても、すべての木に高い防火力があるわけではなく、むしろ燃えやすい木もあります。まずは、樹木の防火性の特徴を見てみましょう。ざっくりとしたイメージが湧いてくるはずです。
〜樹木の防火性の特徴〜
- 常緑樹は防火力が高いといわれています。
- 葉などに樹脂を多く含むものは延焼の恐れが高くなります。
- 繊維質の幹を持つものは火が着きやすいため注意が必要です。
いうまでもありませんが、②と③に該当するものは防火には適していません。それらに該当する樹種は以下のとおりです。
<樹木の防火性の特徴②に該当する防火に適さない樹種>
・アカマツ、クロマツなどのマツ類
・マダケ、オカメザサなどのタケ類
・クマザサ、ネザサなどのササ類
・スギ
<樹木の防火性の特徴③に該当する防火に適さない樹種>
シュロ類
では、防火力の高い樹種にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的な3種を紹介します。
〜防火力の高いとされる代表的な樹木〜
- イヌマキ
比較的暖かい地方に生息している常緑針葉樹。防火のほか、防風・防音にも優れているため、古くから生垣として活用されてきました。シロアリへの耐性も高く、沖縄県などの一部地域では建築材としても使われています。 - スダジイ
常緑広葉樹のスダジイは、幹や枝が分岐しやすくブロッコリー状の樹形をしており、一本あるだけでも大きな森のように見えます。いわゆる「鎮守の森」を形成する代表的な樹種で、寺社で見かけることが多いかもしれません。シイタケ栽培の原木としても知られています。 - イチョウ
イチョウは落葉樹ですが、幹や枝にも耐火性があり、古くから防火を目的として植えられてきました。「火伏(ひぶせ)の木」とも呼ばれています。震災や戦災をくぐり抜けてきたイチョウも多く、浅草寺(東京・浅草)の大イチョウはその代表例です。
人々を守ってくれる木のありがたさを再確認
森林資源が豊富な日本では、古くから暮らしの中に木を取り入れてきました。生活の基盤となる住居がその最たるものでしょう。ただ、現代では、木以外のさまざまな素材もあらゆる場面で活用されており、昔に比べると木に触れる機会は少なくなっているかもしれません。とはいえ、一歩家の外へ出ると、木をまったく見ないという日はなく、ふと目に入った公園の木々や街路樹に癒される人も多くいるのではないでしょうか。そんな街の樹木は景観の美しさだけでなく、火災を防ぐという役割を担っていることがあります。「樹木の防火機能」という視点から街を見てみると、これまでとはまた違う風景が見えてくるはずです。
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